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とりとめない日常のこと―Konomuのブログ

音楽だったり読書だったり旅行だったりカメラだったり『書くこと』だったり。『好き』を集めてみたら誰かの役に立っていた、そんなblogになってほしいです。

はじまってるよ、神戸ルミナリエ2016

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どーん!神戸ルミナリエ2016、はじまっています。今年は12月11日(日)までです。
神戸ルミナリエに関する記事をこちらに掲載していただきました。さらっとルミナリエについてお知りになりたい方はぜひ。

tripnote.jp

私の個人的な想いや神戸ルミナリエの詳細について、興味をお持ちいただけたら、このままお読みください。こちらもご参照ください→「はじまるよ、神戸ルミナリエ2016」

震災のあった1995年、私は思春期と青春期の間にいました。私の通っていた高校は被害の大きかった地区の一つ、神戸市長田区にあります。住まいは幸いにも山側だったので、倒壊せず、電気・ガス・水がないという不便さだけで、被害はほとんどありませんでした。

当然、高校は避難所に。旧校舎と新校舎(建て替え中でした)、両方が残っていたので被災された人々は新校舎で生活されていました。炊き出しやトイレ掃除のお手伝いをしていたなぁ。「ありがとう」と言ってくれる人もいれば、「あんたらは家があるんや」という人もいました。決してあたたかい心ばかりだったわけではありません。いつから高校に通えるようになったのか、記憶があいまいです。女子は山側を歩けよ、と先生に言われたことを覚えています。余震のためだけでなく、治安もまた悪くなっていたのです。

部員数80名を超える大所帯の音楽部(合唱部)に所属していたので、慰霊式典などで歌うこともありました。「こんなの生きてる私たちが歌っても意味がないよ!」と泣いてわめいて顧問を困らせたこともあります。顧問を困らせたのはこれに限ったことではありませんがね。

1月に起きた震災、そして同年12月に始まったルミナリエ。震災の傷が痛々しく残る街に豪華でやさしいイルミネーションを運んでくれたのは、イタリア人ヴァレリオ・フェスティ(Valerio Festi)と、神戸市在住の今岡寛和氏。

当初の会期は2週間で、クリスマスにかかるかかからないかくらいまでありました。点灯時間に合わせて場所を陣取る人たちがいたり、トイレ戦争が激しかったり……けっこうすごかったな。経費節減の影響で、2007年度から12日間、2015年度には10日間に短縮されています。

社会人デビュー後数年は、会期中に帰省することも少なく足も遠のいていましたが、神戸に戻ってきてからはほぼ毎年行ってます。通勤経路だった時代は、出社時に、制作のため日本を訪れていた現場の陽気なイタリア人と「おはよう!」とあいさつしてたな。なつかしい。

開催が危ぶまれた年もありました。募金活動は毎年行われていたのですが、募金する人も少なくなったのでしょう。いつからか「100円募金」が始まりました。ワンコイン募金。これなら募金額を気にしなくてすみますよね。今年もたくさんの人が募金している姿を見かけました。

「すっげー!来てよかった!」「募金?俺するわ!」と言う学生や、「なんかしょぼくなってない?」「見て見て!きれい♡」というカップルたち。親子連れや台湾人観光客(ツアー団体だった)。

どんな感想でもいいし、震災の慰霊行事だ、なんて構えなくてもいいです。足を運んでその感動を味わっていただければそれでいいです。

あの震災以降、地震には過剰反応します。十勝沖地震、新潟中越地震東日本大震災、熊本、鳥取地震大国日本に住んでいたら仕方ない、とはいえ怖いものは怖いし、できれば起きてほしくない。

大事な人は大事にできるときに、大事にしましょうね。

泣いてるヒマがあるのなら原稿の1本でも書け!

「こむはさ、本当にダメなときは私に連絡なんてしないよ~」
だから、大丈夫なんだよ。吐き出せるってことは大丈夫な証拠なんだよ。
「笑えないくらいしんどいとき、こむは私に会いにこないんだよね」
だから、本当につらいときにそばにいてあげられないのは歯がゆいんだよ。

「それひっくるめてこむだからさ、仕方ないよ(笑)」

1時間程度で終わらせようと思っていた電話は気付けば6時間。1日の1/4!
でも、涙も出ないほど心が痛くて痛くて、それをガマンする1時間より、よっぽど有意義な6時間でした。

つらい、とポロリこぼしたのは最初の30分だけ。あとの5.5時間は思い出話や縁切り神社に行ったほうがいいよとか、どんな本がオススメだとか、絵本っていいよね、とか。金銭感覚の問題とか、痩せてるとかダイエットしなきゃ、とかとか。他愛のない話がほとんどで。笑い転げて気づけば午前2時……

おかげさまで今日は寝不足で頭が重いけれど、心は晴れやか、元気よく1日のスタートを切ることができています。
過去のとある時間、それもたった2年。けれど、私の人生に大きく影響を与えた出来事があることは事実で、それは受け止めるより他仕方がなく、受け止めきれないものでもあるけれど、よく考えたら去年までの私と違って、いまはそんな感傷に浸っている時間はないのです。

何やってんだよ自分。これからの人生、どうなるかわからないのにそんなことで心痛めてるくらいだったら、原稿1本でも仕上げろよ。

文章にしたらもっとすっきりした。

身命を賭して挑む世界

著作権や肖像権、ややこしいので写真UPは控えます。公式サイトのリンク貼り付けは問題ないかな?
satoshi-movie.jp

毎月1日は「映画の日
久々に時間を作ることができたので、ずっと見たかった映画「聖の青春」を見てきました。(見る、と、観る、Twitterで間違えて使っていました。日本語にごめんなさい。)

でも本当は映画は苦手です。私は視覚で物事を記憶することが多いため入ってくる情報量は半端ないし、感受性も豊か過ぎるので、ヒューマンストーリー作品は極力控えています。

見たかった動機は「秦基博が主題歌を担当したから」です。映画ver.のPVとマッチしていて期待に胸を膨らませて鑑賞予約しました。が、PVにうまく裏切られた感じです。

以下、ネタバレにならない程度の個人的な感想を記してみます。
羽生善治を追い詰めた棋士村山聖。「東の羽生、西の村山」と称された天才棋士の29年という短い生涯の物語。静かに進むストーリーの中で、(それって自業自得で自己管理がなっていない結果じゃないの?)と悶々としたり、突然出てくるシーンに(これってここで必要?)とか思ったり、作品にのめりこむというより冷静に見ていました。

ところが。映画館を出てから心にズドンと何かが落ちてきて、胸が苦しくなりました。

私はさんまさんが言うように「生きてるだけで丸儲け」と思っています。生きていれば何度でもやり直せるし、私の本当の仕事は「私の人生をひたむきに生きる」ことだと思っています。それ以外の仕事には代わりがいくらでもいますよ。ちょっとやそっとで命を投げ出すものではありません。

でも、そうではないのかもしれない、と痛感させられたのです。異次元の世界で生きる人たちにだけ見える景色。身命を賭して戦い続ける意味。それはいったいどんなものなのだろう、と。

村山聖を演じた松山ケンイチ、まだ存命の羽生善治を演じた東出昌大。将棋の駒を指す指、対局の合間の両棋士それぞれの癖、ほんの少しの所作の感情表現、お見事でした。役であることを忘れさせるほど本人そのものでした。他のキャストもすごかったです。

好みははっきりと分かれる作品ですが、傑作であることに間違いありません。

公式サイトを見ていなかったので、エンドロールで筒井道隆の名前が出るまで、その方が筒井道隆であることに気付かなかったです。あすなろ白書のカケイくんはどこへいったんだろう。でもやさしい声はそのままでした。
近年の映画世界にリリー・フランキーは必要不可欠な存在となってきていますね。

はじまるよ、神戸ルミナリエ2016

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神戸ルミナリエ、もうすぐはじまります。2016年は12月2日(金)~11日(月)まで。
写真はフライングゲットしたものです。『ハートフルデイ』という障がい者や高齢の方限定で開催より先にメイン広場の点灯を楽しめる日があるんです。(たまたま通りかかりました)

最近では季節の風物詩、神戸のイルミネーション、の意味合いでとらえられることが多いのですが、もともとは阪神・淡路大震災犠牲者の鎮魂の意を込めるとともに、都市の復興・再生への夢と希望を託して開催が始まったものです。大震災の起こった1995年の12月に初めて開催されました。

ルミナリエ』の語源はイタリア語です。もともとはイタリア人のヴァレリオ・フェスティ(Valerio Festi)と神戸市在住の今岡寛和の共同作品です。通勤経路だった頃は朝早くから工事に着手しているイタリア人と会話する機会もありました。日本人だけでなくイタリア人も工事に携わってるんですよ。

最初のころは期間も長くクリスマスイブあたりまでやっていたけど、費用と周辺施設からの苦情もあり期間がどんどん短くなってしまいました。会場ならびに会場までの経路で「100円募金」をやっているので、ぜひ募金してください。クラウドファンディングも始まったようです。

今年で22回目を迎えます。22歳以下の人は他地域での震災はともかく阪神淡路大震災を知らないということ。私にとってルミナリエは希望と人のあたたかさを感じるものであり、同時に切なさと命の儚さを実感せずにいられないものですが、若い世代にはどう映ってるんでしょう。なんにしてもルミナリエ目当てに神戸に来てくれるのは大歓迎です。どんどん来てほしい。どんどん募金してほしい。

毎年、色も趣向も違うんですよ。

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2014年はオレンジメインのあたたかみあるものでした。

今年は青がメインのようです。楽しみ♪

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点灯したら見ることのできない真っ白なルミナリエもまたいいですよね。

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アーチを下から見上げるとこんな感じ。
今年は去年に比べてかなり豪華。というか趣向がこれまでと違います。

ぜひぜひ来てください。「ルミナリエのためにだけ~?」という方。こむ特製神戸1日観光満喫プランには自信がありますから、いつでもガイド承ります。

「こむ散歩」運動が苦手ならせめて歩こう

https://www.instagram.com/p/BNLaGUxBijU/media?size=l

(もう無理っ!もうアイデアが出てこんっ!)
と脳内密度が100%に達した日。いつもなら横になって一息入れるのですが、あまりにも天気が良かったので「30分だけ外出します」とSkypeで連絡して散歩に出かけてみました。基本はひきこもりなので画期的な取り組み。

そこで見つけた『須磨楽歩』

その翌日、水族館目指して散歩に出てみると……

https://www.instagram.com/p/BNOjBCrBkHO/media?size=l

またもや『須磨楽歩』

そして夕日と明石海峡大橋。海まで徒歩30分。こんなに近かったんや。

https://www.instagram.com/p/BNOZ5H0hByh/media?size=l

 

https://www.instagram.com/p/BNQ0tfBB0ai/media?size=l

ここにも『須磨楽歩』
調べてみるとまだまだあるみたいなので、散歩の際はこの『須磨楽歩』集めをしようと思います。

https://www.instagram.com/p/BNQ5gj_hyEi/media?size=l

今日はあいにくのお天気やったけど、それでもせっかくなので海まで足を延ばして。

一眼レフを持って行きたくなるけれど、そこはあえて我慢して、歩くことと景色を純粋に楽しむ、そんな”こむ散歩”続けていきます。

「#こむ散歩」というハッシュタグをつけて検索してみたら、こむぎちゃんという犬の散歩写真がたくさん出てきました。

www.instagram.com

マイペースは「私のペース」

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「焦らずゆっくりでいいですよ」
「マイペースでね」

「マイペース」と言われると”のんびり”とか”ゆっくり”とか、なんとなく言い聞かせなければいけない響きになること、ありませんか?

「マイペース」を「my pace」と英語に変換して声に出してみると、響きが変わります。前者だと「ペース」に音の強さが乗るのですが、後者は「my」の音が強くなります。

”のんびり””ゆっくり”ではなく「”私の”ペース」に変わるんです。そう呟いてみるとマイペースも悪くないもの。

ちなみにネイティブに「マイペース」は通じません。マイペースは和製英語です。日本語で使われる「マイペース」に意味が近い言い方はこちら。

~at one's own pace

I do things at my own pace. (私は何事にもマイペースです)

「own」は「自分の」という意味。英語のほうがより自分を肯定しやすいかも。

さて、今日の私も私のペースでやるべきことやらなきゃいけないことをやっていきましょうかね。

彼女は私にとってのヒーロー

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昨日、午前7時半。
「おはよー突然すぎるんだけど、ランチどう?」
と新卒入社時代の同期からメッセージが届きました。
突然も突然。もう10数年会っていないし、こまめに連絡を取っていたわけでもありません。(前回、直接連絡を取ったのがなんと4年前)

突然でびっくりしたけれど、会えるときに会っておかなければ『次』があるかなんて誰にもわからないわけで。二つ返事で「行く!」と返信し、やるべきことをやって後回しにしてもいいことは後回しにして、会いに行きました。

彼女は当時の私に新しい価値観を与えてくれた稀有な存在なのです。深く物事を考え過ぎて身動き取れなくなる、頑固でややこしい私を、ナチュラルに突き動かしてくれる、私にとってはヒーローのような人です。『ヒロイン』とするにはあまりにもヒロインの器が小さすぎる。サッカーのことを知らないくせに代表公式ユニフォームを買って仲間を自宅に呼んでワールドカップ観戦したり、サプライズで「生まれてきてくれてありがとぉう~!」と誕生日パーティーを開いてくれたり。嬉しいときは素直に嬉しいと叫び、怒るときは真正面から怒り、感情と行動が直結しているヒーロー。

当時の思い出話や10数年の間にあった出来事、互いの近況報告などして。

彼女「振り返ってみればあの頃ってほんとバカみたいだったよね~。」
私「名古屋から長野の飯田まで営業に行ってさ、どでかい地図渡されてその中に1軒しかなくても、はい(営業)行ってこい、とかやったもんね。」
私「おかげであたり一面蛍が舞うとかそんな景色も楽しめたけど。」
彼女「そうそう!そんなこともあった!」


2人で通い詰めていたラーメン屋の話。辞めてから転々と職を変えてきたこと。震災当時のこと。

ほんの半年ほどだけれど、なんてかけがえのない大切な時間を笑って泣いて一緒に過ごしていたんだろう。(当時、営業成績が落ちた私はすぐに他部署に異動になったし、彼女も1年以内にその会社を辞めた)

彼女「私さ、今が一番踏ん張り時で苦しい、って思ってるんだけど、当時も相当しんどかったし頑張ってたよね。なんであんなに頑張れたんだろうねぇ。」
私「そうだねぇ。でもどんな時もいつも踏ん張って生きてるんじゃないかなぁ。」

ー会えるときに会っておかなければ『次』があるかなんて誰にもわからない

「今日という日、忘れない!大切にする!」
別れてから送り合ったメッセージ。彼女が空港から見上げた空、私が電車から見ていた空。きっと同じ色。

育った環境も住んでる場所も物事のとらえ方や表現方法も全然違う私たち。いつくるかわからない『次』を約束して、それぞれの場所でそれぞれの方法で『次』まで踏ん張って生きていくんだろうね。