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書評ライターKonomuの苦悩

フリーライターの悩みと打開策、日々の出来事などいろいろ書いています。

秦基博がつないでくれたもの その2

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写真は使いまわし

大阪城ホール以外は行く予定にしていなかったのですが。自粛していたのですが。
「名古屋のチケットあるからおいでよ!」と言っていただいたので、行ってきました日本ガイシホール

2016年11月15日(火)、秦基博10th Anniversary ARENA TOUR ”All The Pieces”

朝4起き、超フレックスタイムで11時に終了。PC抱えていざ出発!交通費節約のため往路はバスを利用。バスの中で日報を打ち込んでいたら見事に酔いました……翌日の資料確認だけして脳内予習。

今回は勢いで向かったので、前回のような高揚感や緊張感はなかったです。なかったのですが、チケットをいただき会場へ入り到着した席で一気にテンションあがりました。

関係者ではないのに『関係者席』!ふかふかソファ!私のすぐ後ろに座っていた人は多分音楽雑誌関係者!関係者パスを持っている人が多数!チケットを譲ってくれた人に開演まできゃーきゃー言ってました。(LIVEチケット代はなんとフリー!)
どんな席だったかはコチラ

声の調子は良く、祈るような想いで過ごした大阪より安心して2時間半過ごせました。

音楽って不思議。何度もはた坊のLIVEには行っているのに、曲ごとに思い浮かべるシーンが違う。

「青い蝶」は今年のオーキャンでのさかいゆうとのコラボが印象に残っています。「色彩」は初武道館。「フォーエバーソング」は靭公園。夕暮れの中、アコースティックで歌っていた景色が鮮明です。「ひまわりの約束」は未発表だったとき(2014年のGM)に、ギター一本で歌ったシーン。

私の中で不動のトップポジション「鱗(うろこ)」。これを、亀の恩返しで原曲とほぼ同じハウスバンドとミニオーケストラで歌ったときは、パーフェクトに近かったし、吹き抜けていった音の風と圧はすごかった。SOUNDS GREEN 2010でのパフォーマンスも印象的。


一曲一曲、いろんなことを思い出しながら聴いていたら、なんだか泣けてきました。「終わりのない空」と「鱗(うろこ)」、「70億のピース」が響く一日でした。「風景」も刺さったかな。

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どんどんファンが増えていけばいい!って思っています。デビュー時と曲調や歌い方が変わったっていい。それが最前線の秦基博だ!

私、ファイナル福岡も行くべきなんじゃなかろうか。

1日の流れ・1週間の流れができてきた

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今年3月末に前会社を自然退職してから早8か月。カウンセリングを受けつつ少しずつ浮上し、ランサーズを活用しながら合間合間に転職活動をしてみたり。

朝ちゃんと起きても化粧もできず毎日泣いていたのが嘘のよう。
「行けない、行けないよ~」と泣きながら元同僚に毎朝電話かけていたなぁ。

いまはよっぽどのことがない限り4時~5時に起きて、6時頃までPCに向かい、6時過ぎにはきちんと朝食をとって、そこから12時くらいまでまたPCに向かう。
12時から14時までは『ヒルナンデス』を楽しみ、集中力が途切れていなければ、そこから16時くらいまでまたPC。キャパオーバーであれば16時くらいまで休憩して、18時頃まで頑張る。そして夕食。21時就寝。

こんなにしっかりした生活リズム、受験を控えた中学3年以降ちゃうやろか。

日~木曜日までこんなリズムで過ごし、金曜日は午後からまとまった時間を確保できるので、その時間帯は神戸元町栄町通付近でいろいろ調査。こちらの仕事はコピーライター業から離れるものですが、なんとか軌道に乗せたい。

土曜日は「今日も頑張ろう」とは思うものの、締切にゆとりがあるのでどうしても朝二度寝してしまいます。

でも、以前みたいに土日は起き上がれなくなるくらい床に臥すこともなくなくなりました。
この流れを保ちつつ、大好きなLIVEにも行けているし、ドラマも楽しめている。いまのところ人生で一番穏やかな時間を過ごせているかも。

明日は思いがけないお誘いをいただき夕方からは名古屋へ向かうので、その分今日頑張りますよっと。

秦基博がつないでくれたもの

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こちらは横浜アリーナの会場装飾であり、大阪城ホールにはなかった……さすが地元

2016年11月5日(土)、大阪城ホールにて秦基博10th Anniversary ARENA TOUR All The Pieces。秦基博デビュー10周年、感無量です。どんな気持ちでLIVE中を過ごすんだろう、泣くのかな、楽しみなような怖いような気持ちで向かいました。

座席はアリーナ7列目。超近い。

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でも前がまさかの男性4人ではた坊とだだかぶり。背伸びしたり隙間を狙ったりしながら歌う様子を見ておりました。どんな表情で歌うのか、そういうのを見るのが好きです。

この10年、個人的に本当に苦しい10年でした。誰にでも訪れるわけではない出来事があったり、とても大切な人を失くしたり。そんなときに出会ったのが秦基博の音楽。苦しい期間、いつもそばにあったのが秦基博の音楽でした。

最近ではその魅力は”浮遊感”と評されることもありますが、絶妙の評価です。良い意味で受け手がどうとでも取れるような曲ばかり。近年の曲はメッセージ性が高くなってきてますけど、それも含めて秦基博です。10年あれば人間変わるし、音楽性だって変わる。

さて、LIVE中私は感動のあまり涙するのかとばかり思っていましたが、まったくもってそんなことはなかったです。というのもはた坊の声の調子があまり良くなくて、途中途中苦しそうでもあって(がんばれがんばれっ!)と2時間強ずーーっと祈って終わりでした。さすがに新曲「70億のピース」はばっちり音が合っていて、そこでようやくほっとしました。ストリングス最高やったなー。バンド形式も楽しいけれど、シンプルな音が似あう。

はた坊の10年、私の10年なんて振り返る暇もなかった。

でも、そんなものなのかもしれません。渦中にいるときは本当につらかったし絶望のどん底のさらに底にいたことは確かだけれど、いま大阪城ホールではた坊の声を祈り続けられる自分がいるということは、一歩一歩、少しずつでも前を向いて歩み続けていたのだと思います。

声の調子が良くなくて残念だった、という思いは少しもなく、やわらかくあたたかで素敵なLIVEだったな、と余韻に浸っています。

秦基博がいてくれたからこそ出会えた仲間や友達。特に初武道館時の思い出はかけがえのないもの。関東方面が多いので、残念ながら一緒にLIVEに行ったりはできないし、年に1度くらいしか会えないのだけれど、とても大切な仲間です。ここ2年ではTwitterでのはた仲間さんも増えました。

出会えたうちの一人に「ここ行きたい!」と距離的に無茶なリクエストに関わらず、文句ひとつ言わずどこにでも車を走らせ一緒にLIVEを楽しんでくれた人がいます。東京に就職してしまったので、一緒に行くことはなくなってしまったのだけれど、本当に感謝しています。

失くしたばかりの10年ではないこと。これから先の10年、20年もいろんなことがあるでしょうけれど、きっと同じような気持ちで節目節目を迎えられるんだろうと思うし、そんな自分でありたい。20年経っても30年経っても今と変わらず秦基博のファンでいます。FC会員費だって払い続けるぜ。

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5年前の同日が5周年LIVEでした。このときはツアータイトルすらなかったのに、ビッグアーティストになったことに感動です。たくさんのファンと一緒に過ごせた空間、しあわせでした。

また今日からもがんばるぞー!

セットリスト

dailysetlist.net

人見知りを極めたその先

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「この人といると、話しているとなんだか居心地がいいな」
無理しなくてもいい、気取らなくてもいい、頑張ってる姿を見せなくてもいい。
リアルの場でもSNSの場でも、一緒にいてホッとする人って数人はいますよね。

私はそんな人たちの根本は『人見知り』なんじゃないかな、と思っています。人見知りだけど『人』は好きな人。人見知りする人の気持ちがとてもよくわかる。なぜなら自分も人見知りだから。でも人は好きだし、とても興味深い。

人見知りの人が他人と居心地よくといられる方法を考えたら……人見知りを極めた先には『社交的な人見知り』があると思う。

もちろんスタート時点から社交的な人もいます。エネルギーに満ち溢れていたり、なんだかんだと自分に自信があったり。すみません、でも私はそういう人はちょっと苦手です。(「他人にそこまで興味ないねん」という人、大好きです)

もし、あなたが人見知りで、それでも一緒にいて、話していて心地良いな、と思ったらその相手もきっと同じくらいの人見知りなんだと思います。

今日は夕方から秦基博10th Aniversary tour「All The Pieces」に行ってきます。

 タクティさんが「国宝級」と称する声と、良い意味で誰もがどうとでも受け止められる楽曲の数々。私の30代を構築してくれた大切な音楽を思う存分味わってこようと思います。楽しみ以上の感情がこの三日間くらいふつふつと煮立ってるな。

自尊感情の低さ・欠如

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ギリシャに行ったのは2015年7月。もう1年も前になるのか、懐かしいな。1年の間にいろんなことが変化したけれど、それらもきっと必要なことに違いない。

録画していた『逃げるは恥だが役に立つ』を見ていて(なるほど!)と思ったことがありました。

自尊感情の低さ、欠如。

ドラマ内では星野源演じる津崎平匡の異性関係に対する自尊感情が分かりやすく分析されていましたが、私も意外と自尊感情の低い人間です。欠如に近いかもしれません。ただそれは外見に関するものではありません。自分の写真を躊躇なくアップするほどなので。

考えられる大きな要因は、周りにいる人達がみんなすごいこと。高校・大学時代の友人もそうですが、特に血縁関係。誰かに比べられたことはないけれど、自分で比べてしまう。

まず一番身近な実弟。何やってるのか凡人の私には皆目見当がつきませんが、彼は本当にすごい。小中高、そして大学まで同じだったのにこうも差があるとは不思議です。
さらに親戚。祖父はiPhon6s/Plusにも使用されている合金の研究者の一人でした。叔父叔母、従妹もすごい。なんやねん、みんな、というくらいすごくて多才です。
高校時代の友人もそう。大手企業に勤めながら、しっかり家庭も築いている一方で、私はフラフラと何をしているんだろう、と。留学時代の友人もそう。

他にも要因はありますが、それは個人的なものであって、グチグチ述べても生産性もないので控えます。

「比べるべきなのは昨日の自分や昨年の自分だと思うの。 少しでも他の人にとって、世の中にとって良いことをしてれば、それは素敵なことだと思うの。」
こう言ってくれた人のこの言葉をメモした紙をいつも持ち歩いています。

「ネガティヴ一瞬、ポジティヴ一生」
これも自分にとって必要な言葉です。

言い聞かせておかないと、自分の立ち位置や存在がよくわからなくなってしまう。世の中すごい人ばかりじゃないのよ、とカウンセリングの先生に言われても(そんなことない)ってズブズブ落ちていってしまう。

『逃げ恥』第3話、良かったな。自尊感情の高い人は成功体験を振り返ることでどんどん自信をつけるらしい。私も成功体験をワイン片手にソファで眺めながら「私ってすごいやん」とナチュラルに感じられるようになりたい。

コピーライターとライターの違い

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「コピーライター」と「ライター」は、人によってとらえ方が異なるので、明確に分けることは意外にも難しいもの。

いまから2年ほど前、新店舗や商品のブランディングを手がけるデザイナーの友達といろいろ話をしていたときに「コピーライターってキャッチコピーを考える人よね?」と聞いて呆れた顔をされたことがあります。

「そう考えてる人って多いんだよね。でも実はそうじゃなくて、コピーライターは戦略的なものなの。商品にしてもなんにしてもターゲットを考え、どうやったら売れるか、どうやったら知名度があがるかを考えてキャッチも含めテキストを作るのよ。俺はただただテキストを書く人とはタッグは組まないね。」
親しい間柄だこそ、言外に(コイツ、何もわかってねーな)という温かくも厳しい指摘をもらっていると感じました。

それから、2年経った今、私なりの違いを考えてみました。
コピーライターの仕事は、広告づくりであり、「読まれない」ことが前提。一方、ライターの仕事は、読者がいることが前提で文章を書く仕事。以下は私の個人的な考えになるので、「いや、そうちゃうし」とか「こらこら、勝手に決めんなや」という意見もあるかとは思いますが、それはそれでご容赦ください。私はコピーライターもライターも『創造』という点で本当にすごいな、と思っています。

コピーライター
・広告などに使う宣伝用の言葉を考える仕事
・アピールポイントを一発でイメージできるキャッチーな言葉を創る人
・課題解決のための戦略づくりやプランニングを行った上でコピーを書く人
・文章は比較的短め

ライター
・万人にわかりやすく、かつ面白さや新しい発見を与えられる人
・読者に付加価値を与えられるような文章を書く人
・社会で起きているあらゆる出来事を文章にし、まとめる人
・文章は比較的長め

ただ、Web媒体では両者の仕事がクロスオーバーし、区別がつきにくくなっている気もします。発注側も捉え方は様々。

私はコピーライターでありたい、と強く願っていているのですが、文章を書くことを生業とされているみなさんはどちらなんでしょうね。
諸先輩方のご意見も聞いてみたいです。

うんちくとか難しいこととかはどうでもいい

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ライトアップも美しい大原美術館
またもやブログを放置してしまいました。1週間か。友達が旅行でこちらに来ていたり、疲れで熱を出したり、仕事をたくさんいただいたり、充実した日々を過ごしていました。

旅程の1日目は倉敷美観地区。白壁の街並みと大原美術館が有名ですよね。 

大原美術館は、倉敷を基盤に幅広く活躍した事業家大原孫三郎が、前年死去した画家児島虎次郎を記念して昭和5年に設立した、日本最初の西洋美術中心の私立美術館です。
日本美術のコレクターでもあった孫三郎は、親しい友人虎次郎の才能と、美術に対する真摯な姿勢を高く評価し、三度にわたる渡欧をうながします。虎次郎は、そこで制作に励むかたわら、孫三郎の同意のもと、日本人としての感覚を総動員してヨーロッパの美術作品を選び取るという作業に熱中します。

大原美術館の歴史”から引用。
簡単に言うと大金持ちの事業家が、洋画を集めまくって倉敷に美術館作ったよ、です。個人で美術館をつくっちゃうなんてすごいな、と思います。

歴史上名だたる画家の原画が展示されています。エル・グレコの『受胎告知』やモネの『睡蓮』が有名どころかな。
知恵袋なんかでは、「大原美術館にある絵画は、残念ながら原画ではなく複製です」と書かれていることも多いのですが、オール原画です。私が失礼ながらも学芸員さんに「これらは全部原画ですか?」と聞きましたので。(ぽかんとされていらっしゃいました、本当にごめんなさい)

今回、私が一番心奪われた作品がこちら。

https://s-media-cache-ak0.pinimg.com/564x/69/f6/b2/69f6b291df876b8ae445e8785f978a01.jpg

ピカソの『頭蓋骨のある静物』
なぜ心奪われたのか、とか理屈じゃないんです。どうしてこの作品ができあがったのか、とか想像したところでピカソのみぞ知る、です。

原画じゃなくてもいいんじゃない?と思われる人もたくさんいると思いますが、原画でなければ伝わってこない”何か”は確かにあります。

大原氏はこの作品をどうしても欲しがったそうですが、私もお金さえあればこの作品を買いたいという衝動を抑えられないと思う。「買いたい絵」トップ5に入る。

私の「買いたい絵」は他にもいくつか。

http://www.musee-orsay.fr/typo3temp/zoom/tmp_d31bd624758143ffa8a6ec544166f3e0.gif

ゴッホの『星降る夜』
これが一番「買いたい絵」。2006年、神戸市立博物館であったオルセー美術館展で出会った作品。その7年後、2013年にフランス・オルセー美術館で再会し、感動のあまり絵の前から20分ほど動けなくなるほど。

マウリッツハイス美術館に収蔵されているレンブラントのこの2作品も「買いたい絵」

https://www.mauritshuis.nl/-/media/4fecacdfdea648e3b130a7e773b4e64e.ashx?mw=300&mh=300

キリストの神殿奉献(The Presentation in the Temple)

https://www.mauritshuis.nl/-/media/02c9775fc22f49e398e55d79e59c945e.ashx?mw=300&mh=300

テュルプ博士の解剖学講義(Dr.Nicolaas Tulp Demonstrating the Anatomy of the Arm)
レンブラントの作品は、光と影が本当に素晴らしくて。

「すごいな」「いいな」「素敵だな」
こういう素直な気持ちや感動に、小難しい知識やうんちくはいらんな、と思ってます。うん、やっぱりゴッホの絵が欲しい。レプリカではなくて。